
第二次世界大戦後、麻布界隈では新しい税法の制定により、戦前からの華族や金持ちが屋敷を手放さざるをえなくなり、ある屋敷は闇成金の手におち、また別の屋敷は米軍に接収され、高級将校の宿舎やクラブに姿を変えていった。『アヴァンティ』は、そうした将校クラブの一軒として1947年にスタートした。イタリア語で「お入りなさい」という意味の「アヴァンティ」は「入ってもいいですか」にあたる「ペルメッソ」と対になっており、普通は「ペルメッソ?」「アヴァンティ!」と使われる。開業当時は『アヴァンティ』というのはレストランだけの名前で、ウェイティング・バーは「ペルメッソ」という名前であった。 1962年に『アヴァンティ』の建物の接収が解除となり、将校クラブとしての営業も終止符が打たれると、経営が民間の手に移り、看板とジェイクだけを残して建物を全面改築。 翌1963年から一般客相手のレストランとして営業を再開。すでにオープンしていた六本木交差点脇の『シシリア』、材木町の『アントニオ』、そして飯倉の『キャンティ』が本格的なイタリア料理を目指していたのに対し、当時の『アヴァンティ』のメニューはあくまでアメリカ風であった。 70年代の終わりに二度目の改装があり、西麻布の『カピトリーノ』で修業した若いシェフを迎え、この時から本格的イタリア料理店として生まれ変わった。 時代を象徴する客層が訪れ華やかさで群を抜いていた『キャンティ』とは対照的に、シャイな都会人に愛され続けた『アヴァンティ』は、今もひっそりとその歴史を刻んでいる。 |